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世界を旅したあと日本で百姓に落ちついた。 こんないい田舎が残っている国が好きダナ。
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きむらちゃんと3びきの猫


精神科に入院したヨシコには、今後どんなハンディがあるかというと

生命保険にはいっさいもう入れない、というハンディである。

ワタシたち両親は100まで生きてでもこのヨシコを守り続けたいと

思ってはいるが、カミサマは「そうは問屋が卸さない」と言うだろう。

ならばその「卸さない」逆をついて、死んでも子供たちが困らないよう

「保険金を残すから、、、頼むぞっ!ヨシコをっ!」計画、なるものを

オヤズは着々ともくろみながら、保険会社から次々と資料を

取り寄せている最中である、きょうこのごろ。




2008年5月27日imadoki編


オヤジの保険計画


ワタシが今の家を建てたのは28歳の時である。

名義は半分以上資金を出してくれた義母とフィフティフィフティに

なっている。その当時900万円をワタシ名義で銀行から借金し

その(金利を含めると元金の倍の1800万円)の返済が今年の

8月で完済するところまでやってきた。いや~やっぱ早目に家は

建てるもんだと、今振り返ってそう思う。ボーナス払い年2回を

のぞくと、月額33000円ほどが今まで毎月口座引き落としされて

きたが、それが今年の9月からはなくなるわけだ。20何年そんな

暮らしをしてきてさして困りもせず、今日までやって来れたことを思うと

今更33000円が月々多くなっても特別買いたいものもないし、

食生活をその分贅沢にしたいとも思わないので、子供たちのために

保険金を残そうと考えた。保険金の相続税は一人当たり500万円

までが非課税だという。ならば3人の娘たちに500万づつ残して

あげようと考えた。で、「死亡保険」(掛け捨て)15000万円の保険に

月々13000円ほどで加入しようと思っている。未だにコートでテニスに

打ち込み、蔵王の麓まで小一時間チャリで通勤できる頑強男は

そうそう病魔に冒されるとは考えにくいが念の為、医療保険にも

1本入ることにして、こっちは月額25000円ほどかかる(しかし

60歳以降は掛け金が半額で済むプランなので負担は軽い)。

ということで2本の保険で月額合計38000円ほどになるが

これで妻にも娘たちにも一人500万円づつ残せるのだから

お得な買い物であろう。「オヤジ、死んでくれてありがとう」

そう言われる死に方を、ワタシは選ぼうと思う。

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きむらちゃんと3びきの猫


カッコーの巣の上で、という題名の映画がある。

なんでも「カッコーの巣」とは精神病院の英語のスラングだ

そうな。ジャックニコルソンの出世作としても有名である。

そのジャックもとしょりになり、余命何ヶ月かと宣言された

爺さんが最後に好き勝手に今までにしてみたかったことを

全部やってのけちゃうストーリーの「最高の人生の見つけ方」と

いう映画で久々に主役出演している。相手役のモーガンフリー

マンも個性派俳優として味があること、ジャックにひけをとらず

実におもしろそうな映画である。


「カッコーの巣」と普通の社会はそんなにかけ離れてはいない。

むしろ「普通の社会」にのほうにおかしげな人がたくさんいるし

あぶなっかしくさえある。「生活に疲れた。人を殺すのは誰でも

よかった、、、」そんな「ヘンッ!」な人が「普通の社会」にこそ

いっぱい潜んで生活していることに、みんな思いをいたさない

といけないのに、ネ。



2008年6月9日akiba satsujin jiken yokujitsu編


もうすぐ退院

6月6~8日の2泊3日で病院からヨシコは家に戻ってきた。

2月18日から始まったヨシコの精神科入院生活。

延々4ヶ月近くに及んだ、いわゆる「精神病院」の入院生活

最後の外泊が終わった。あとは今週末の「退院」を待つばかりに

なった。モチロン、本人が一番心待ちにしている。「薬」によって

気持ちを落ち着かせ、ADHDのような興味の対象が次々に変化し

10個のスイッチが入れ替わり立ち代り入ったり消えたりする

ような分裂症状を抑えることがきるようになった。反面薬の影響で

行動はだれて、体の動きが緩慢となり、ぶくぶくふとってしまった。

ただそれも治療の過程と、大きく見てあげたいと思う。


「何故ここにいるの?」と自分が病院にいることを疑問符つきで

たまに言うことがある。たしかにそう言う時のヨシコはまったく

「精神病院」にふさわしくない「まともな」ヨシコになっている。

主治医自身がヨシコに確定的な病名を付けかねてきたことを

みても、この子が本当に病気なのか、ワタシにも疑問である。


ヨシコ以上にもっと治療の必要なニンゲンが社会にはゴマンと

いるが、仕事の都合などでしたくても入院できない人だって

いるだろう。ワタシの身近なところにも「この人、性格が強烈

というよりも、どっか病気的に、ヘンッ!」なんて人はいっぱい

いる。普通の人間とくくられる人たちだって仔細に見れば

10のうち2はどっか「ヘンッ!」なところを持っている。

あるいは「病んでいる」心を多少にかかわらず誰しも持って

いる。『カッコーの巣の上で』ほど極端さをクローズアップ

させない人々がこの世にはあふれている、とワタシには

思える。理性やバランス感覚が、個々人が抱える危うさを

抑制し、表面上穏やかに会話や交流、受け答えできるか否か

それだけの違いなんだろう、まともな人と「精神病院」の人の

違いなんて、そう思える。

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ジューンブライドのとおりワタシたち夫婦は

6月14日に結婚式を挙げた。だからその日は

いわゆるアニバーサリーなのであるが、その同じ日に

2008年ヨシコは退院できた。我が家のアニバーサリーが

めでたい重ね記念日になったのである。




3人娘でアスパラガスのもぎ取り


2008年6月15日yoshiko taiin編


4ヶ月ぶりのシャバ

退院したヨシコと前から約束していたので

その足でまっすぐ寿司屋に出向いた。

つい最近、この地に回転した『スシロー』なる

回転すし屋に入った。11時を回ったばっかりだって

言うのに駐車場はいっぱいになりかけていた。

大阪の寿司屋ってどんなもんかと少しは興味があったが

どーせ押し寿司やちらし寿司かなんかだろーって思っていた。

3人でボックス席に座る。まだ本日開店したばっかりだって

いうのに回ってる寿司皿の一つはネタがひっくり返って

干からびているように見えた。ウニが回ったきたので

ウニに目のないヨシミちゃんが取り、ナスの漬物寿司を

ヨシコが取った。鉄火巻き、スズキ(ナイルパーチか?)、、、

、、、結局、皿のガラの悪さ、ムラサキをさす小皿がないやら

気に入らなくて6皿で席を立った。一皿@105円、それだけが

魅力のお店だった。旨味、粋、作りたてのあったかさはなかった。


で、いつものなじみの『栄助寿司』で仕切り直した。

なんとも安心できるお店である。シャリが握りたてであたたかい。

こういうものがワタシは好きである。

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あじさいの季節を迎えているが、退院したヨシコは

相変わらず食っちゃ寝、食っちゃ寝るを繰り返している。

知的障害者の憩いのクラブに行くこともなく、積極的な運動を

するでもなく、食欲以外の意欲はない。ただこちらだけが

今は焦る思いがしている。


バイト先の新入社員のなっちゃいないのをみるとこりゃ~先が

思いやられると他人事ながら目を覆いたくなる場に出くわすが、

うちのヨシコのことを思うと「この子は我々に守られて家の中で

過ごす限り、人間関係で失敗もしなければ、それについて学習も

しないし、悟りもなければ、挫折もなく、大人らしい知恵も

我慢も交際術も身につかずに終わるのだろうか」と案じてしまう。







2008年6月24日suemusume編


この娘の生き方

退院したヨシコの10日が瞬く間に経った。

先週行けなかった『サンサンクラブ』に行く火曜日がまた

訪れたが、「行く?」とさえワタシは声もかけない。

今はまだ言うだけ無駄だと思えるから。


知的障害者の交流のゆるやかなクラブである『サンサンクラブ』。

そこにヨシコが行けるかどうかで彼女の人生がガラッと急変する

わけでもないだろう。どこにでも行って、彼女が家以外の楽しみや

友達を見つけてほしい、そういう人に出会えればいいが、、、親は

ただただそんなことだけを期待している、というのがとどの詰まりだろう。


考えてみるとこのヨシコはヨシミちゃんのお腹の中にいるころから

人とは変わった生い立ちであった。堕ちかけ、半年間、母のヨシミちゃんと

共に大学病院で準絶対安静状態で入院し続け、そして生まれたのである。

いわば九死に一生を得て、生まれてきた子、であった。

そして小学五年。突然この子は、学校に行かなくなって、社会から堕ちた。

そして今、17歳になった。同級生の友達は一人もいない。普通の

高校生の生活なんて知らない。メールするダチもいない。化粧も興味ない。

彼氏、なんて男はワタシ「ヨシオ君」しかいない。お金に興味ないし、

ゲーセンももう進んで行かなくてよくなった。花よりだんご。デブで結構。

「ヨシオ君とヨシミちゃんが時々ドライブに連れ出してくれて

スーパー試食の旅や、こんにゃくツアー、漬物グルメの旅を企画

してくれ、美味しいひと時を楽しんでいる」、、、せいぜいそんな幸せ。


ワタシたち夫婦にとって、二人の上の娘たちは「練習」に過ぎなかった

のかも知れない。この3番目のヨシコを育てるため、カミサマは

我々夫婦に長女次女で訓練をさせたのかもしれない。ヨシコが

上の姉たちのように「自立」する日は来るのだろうか?

我々が死ぬまでに彼女は一丁前になれるのだろうか?

なれなかったら、その後を誰が面倒見てくれるのだろう?

「焦ってもしょうがない」が、やっぱり、

辛抱強くも、粘り強く、この娘を一人前に育ててから逝きたいものだ。

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きむらちゃんと3びきの猫


世間様とは一足先に、ヨシコとヨシオは

夏本番つ~格好で、きょうも半ズボンにビーチサンダルの

いでたちで、公園でも、店でも、デパートでも病院でも

飄々と歩いていく。51のオヤズと17の生娘は

きょうも仲良く、手をつないで。







2008年6月27日yoshio club編


ヨシオクラブ誕生

ヨシコが何にもしないから、ある日近くのスーパーまで

歩いて出かけ「試食の旅」をしてみた。ヨシコはすぐに

ヨシオのSUZUKIのEVERYで行くと駄々をこねたが

かまわず置いてスタスタと先に歩を進めると、ヨシコは

仕方ないようにして後をついて来た。せいぜい3Km位の

片道を、こうして、ヨシコとヨシオは往復した。これが

『サンサンクラブ』ならぬ『ヨシオクラブ』の発足である。

次の日もヨシミちゃんは仕事だったのでまたまた

第二弾を企画した。今度は路線バスに乗って繁華街を

往復する企画である。モチロン、エサは「試食」や「食べ物」

であるが。


この第二弾企画も歩き疲れたものの、ヨシコはものにした。

こうしていろんな交通手段を使いつつ、しかし基本は歩きで

メタボ解消と、社会への慣れを醸成していくのが、このクラブの

狙いである、、、、、、な~んて取ってつけたようなことは今の今

考えたことだが。

いずれ、何でもよかったのだ。家にいて食っちゃ寝、食っちゃ寝、を

阻止し、何かしら、ヨシコに新たな刺激や発見があって、燃焼する

機会になれば、それだけで充分なのである。



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