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世界を旅したあと日本で百姓に落ちついた。 こんないい田舎が残っている国が好きダナ。
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きむらちゃんと3びきの猫


オヤズ:「アルバイトでもしろっ!オレたちはあんたよりはやく

逝っちゃうんだぞっ!ひとりになったら、ど~する気だっ!?」


ヨシコ:「ダイジョーブ、一緒にいくから!」



あいた口がふさがらない娘の応え、、、ま、ほんの一瞬の浮世である、

それもいいか、、、、と思いなおした。たとえばワタシががんばってあと

40年生きたらオヤズ92歳、娘58歳、、、ま~これくらいなら一緒に連れて

逝っても不思議ではないか。ケッキョク、物事はすべからく考えようである!





2009年2月10日kyuryoubi編


浮世雲

うちのヨシコはご存じない方のために繰り返すが

小学校を5年で自主退学し、以来、学校とも実社会とも

お別れしながらきょうまで生きてきた。ワタシたちの

カワイクも、シンパイな子であり、時にコニクラシくもある

三女である。2~3年前までまったく家の外に出ることの

できない、暗く、理解不可能な、ひきこもりの、やせぎすな

小柄な娘だったが、おととしの正月あたりからハイな

精神状態に早変わりし、あげくのは果て、警察の

パトカーに2回も3回もお世話になり、とうとう精神病院に

入院させるはめにまでなった、実に一般的常軌を脱線して

しまった、風変わりなニンゲンである。

(まっ、ワタシと似ているっちゃ~似ていますが、、)で、その

ヨシコは4ヶ月の「カッコーの巣」を出所して精神が明るく

素直な本来の自分に戻ってきたのだったが、薬の影響なのか

集中力がない根気のなさなのか、学校に行っていなかった分

習慣的に身につけてこなかったせいなのか、やることといえば

受けないお笑い、食べること、寝ること、に極まってしまった。

結果、堂々たる63kg前後の体躯に到達し、デブちゃんに

変身すること、タモリのイイトモに出ている「ナオミ」の如し。

今やヨシコのはけなくなったズボンはオヤズのおさがりに

なっている、、、という、この不思議???


以前はスポ少のバスケで、驚異のバカ体力走りを

見せつけていた。が、この6~7年余り、いっさいのスポーツ

らしいスポーツから遠くと~く遠ざかって、久しい。

もう「できないかもしれない、この子が誰かとスポーツしたり

社会で普通に働くなんて」、、、親は往々にしてそ~心配する。



でもそ~でもないんじゃ~ないか、、、、頭をよぎる、、、、、

何故って?

過去に、この娘はワタシたちの杞憂を裏切り、考えられない

明るさを取り戻してきた。たった、たかだか7~80年のこの浮世。

「ひきこもり」なんていう世間やマスコミが考えた概念に縛られる

こた~全くないのだ。


それにしてもである、、、、最近、プールの飛び込みで

プール底に頭をぶつけた事故がある件。検討の挙句

教育委員会はこともあろうに「小中学校でのプールの

飛び込みは原則禁止する」という決定をした。

オレに言わせりゃ~「バッカじゃないの!大人の

肝っ玉、ハラのくくり方を忘れたかっ!!なんちゅ~貧弱!!」

実に嘆かわしい、ニンゲンとしても腹のくくり方である!!

危ないもの、くさいものにはいっさい蓋だけすれば済む話なのか!?

どこかにまっとうな教育者はいないのか!?

この国に、この県に、この町には!!

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きむらちゃんと3びきの猫


何年ぶりになろう?7~8年ぶりかな?

小学校5~6年で社会よりドロップアウトした三女ヨシコと

ようやく、やっとこさ、家族海外旅行を再開できるまで、こぎつけた。

去年の7月の函館の旅を皮切りに始まったヨシコとの小旅行は

ついにパスポートも新規取得し韓国のソウルの旅にまで発展した。

この大不況下は海外旅行者には円高のまたとない「お得なレート」の

旅となり、34,800円での激安パックで楽しくソウルを闊歩してきた。

初日の夜のプルコギ三人前、2日目のおかゆ専門店での朝食、

明洞での全州ビビンバとチヂミの昼食、冷麺の3時のおやつ、

夜のデジカルビ焼肉に、締めに2軒目ユッケと冷麺コース。

帰国直前、インチョン空港内で飲んだおいしかった生ビールと

ジューシー肉まん。貧乏太郎一家のB級グルメ食べ歩き海外編は

ソウルの地下鉄を行きつ戻りつしながらもとっても楽しかったのだ。


ヨンさまと新羅免税店で2ショット!



2009年3月2日tabizuki編


久しぶりに海外旅行

2月23日~2月25日の2泊3日のソウル旅(仙台発着)は

ワタシの夜勤と夜勤のあい間を利用して仕事に何の支障もなく

周りのミナサマにも海外旅行をしてきたなんて誰にも

気取られることもなく、あっという間に行ってきてしまった3日間

であった。ワレワレ3人はそれぞれに順応性があると言うか

食べることと遊びならどこの国に行っても臆さないと言うか、東京の

街を歩くよりもず~っと楽にソウルの街を勝手に歩き回ってきた

って感じ。


初めて20年前に韓国を訪れた時と、今はこの国はもはや

ずいぶん変わっている。鉄道も昔は地下鉄なんてなかった。勿論

ファミマやセブンイレブンなんて陰も形もなかった時代。今は日本の

コンビニとほとんど同じ内容の品揃えでソウルで買い物ができる。

ロッテなどのデパ地下では日本の寿司折と似たものも売っていたし

なんとミニ回転寿司コーナーまであり、レーンにはエビフライまで

回っていた。地元民相手の焼肉屋のオヤジが日本語ができたのにも

驚かされた。学校で日本語が選択科目にでもなっているのだろうか

弁当3食分もって通学する学生の頭の良さなのか、はたまた日本観光客

相手の店がそれほどあるっていうことなのか、日本語を話せる人が

前より多くなったという印象を強く持って帰って来た。


それにしても久しぶりに海外に出てあらためて、遊食のぶらり旅とは

いいものであることだ。あてもなく、しばりもなく、団体旅行にはそっぽを向き

気ままに、フリーに気の向くまま、鼻の向くまま、意味不明な文字と言語の

喧騒の異国の地をにわか地元民気取りで歩き回るこの快感。ほんの短い2泊

3日の旅行なのに、何かがレフレッシュされ、刺激され、認識を新たにする。

「自分のための旅」の面白みを思い出し、ちょっと再び癖になりそうな予感。

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きむらちゃんと3びきの猫


朝帰ると茶の間には既に三女ヨシコと連れ合いの

ヨシミちゃんが起きて朝のご飯を食べていたり、夜勤明けの

ワタシに朝食を用意してくれたりと、いつもと変わらぬ

帰宅風景が展開されていた。、、が、、、、何かが違う、、

、、、連れ合いであるヨシミちゃん、、である。彼女の声が

聞こえてこないのだ。意図的に、沈黙を守っている。

ただならぬ重苦しい空気が茶の間を覆っている。

ワタシだけではない。ご飯を食べているヨシコが、

ストーブにあたっている猫の丸が、銀が、そんな空気を

察して、みんな、シーンと静まりかえっている。

「ど~したの?ヨシミちゃん、、、言いたいことがあったら

言ってしまったらど~よ?」

ワタシは張り詰めた空気を打開するため

何かを必死に我慢している彼女の、胸に渦巻く何かを全て

吐き出させる以外には解決はないと思い、言葉を投げかけた。

(その何かがわからないという不透明さが我が家の窓ガラスを

曇らせ見えなくしていた)






2009年3月8日nichiyo-bi編


家族とのバトルが大事

ヨシミちゃんとはもう33年来のつきあいにある。それでも

ときどきワタシたちは大バトルをすることがある。大抵はワタシの

了見の狭さや、てめ~勝手な言動が原因だった。


さて、今回のバトルでは、何が原因だったのだろう?

毎夜毎夜しつこい態度を繰り返すヨシコへの対応で疲労困憊し、

ストレスがたまりにたまって助けをヨシミちゃんはワタシに求めていた。

夜勤で老人施設の勤務についていた昨晩もワタシの携帯に助けの

メールも送っていた(勤務先は山あいにあるため施設にいる間は

メールも電話も基本的にはつながらない)いずれにしても、それに

ワタシは気づいてやれなかった。そのことが少しづつ少しづつ

彼女の不満というゴム風船を大きく心の中で膨らませていた。

そういう彼女の風船にワタシは気づかず、風船のふくらみをしぼませる

何気ない日常の優しい言葉やほめ言葉も、かけてはいなかった。

それどころか、貧しいながらも自分がせっせと夜勤勤めしながら生活

費を稼ぎ、たまに小旅行や温泉に入りに行く今の生活に、3人が3人とも

「みんな幸せだよな~」って勝手にそう思い込んでいた。ワタシはそういう

意味でヨシミちゃんが“突然”何に不満を持って、憮然と、重苦しい

沈黙を守っているのか、にぶさゆえに、全くピーンとこなかった。

そこにヨシミちゃんの鉄槌が“突然”上段の構えからブーンと振り下ろされた。




人はストレスが溜まりに溜まってしまうと何もかもが悪い方にしか

見えなくなっていく。唯一受け止めてくれるべきはずのパートナーの

ワタシが、何も察してくれない。美容室に行っても「きれいになったね」の

一言もない。教え子の謝恩会に行くのにお洒落着に着替えても「いいね」の

一言もない、、、、、ささいな日常のワタシの気のつかなさ、気遣いのなさ

表現の無骨さ、無口さ、、、、、そんな積み重ねが彼女の憤懣を最高高度に

到達させてしまっていたのである。人は「他を気遣う」ことがなければ

一緒には生きていけない。なぜかカミさまは、そう人間を創られた。

(きっと、人に愛をわからせるために。)

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きむらちゃんと3びきの猫


「いつまでも若々しくしているなッ」・・・ワタシは最近自分自身に

そう言い聞かせるよ~に、変更した。目が老眼になり、頭は

白髪で、はげ頭、しわやシミも目立つようになったにもかか

わらず胃腸も肝臓も心臓も肺も、男性自身も若いまんま元気

です、な~んてありえないだろうって、理論的に客観的に思う

ようになったから。勿論気持ちの上では「まだまだ若い」とは

どっかで思っているのだが、それがワタシには間違い、自己

認識と体や内臓器官とのギャップって~いうものであり、

「無理」の原因になっているのじゃ、なかろーかと考えるように

なってきた。「オレの内臓も、はげ頭同様、歳なんだぜ」って。








2009年3月15日ikiiki to bokeyo編


学校では教えない価値観

ゲーテは言った「いきいきと生きよ!」と。


ヨシオは言う「いきいきとボケよ!」と。

「いつまでも若々しくいようだなんて気張らないで、

ありのままにフケよ!」と。

何故最近そう思うようになったかというと、実は

ついこの間、総合病院で2回も検査をしてもらった。

というのは、2月上旬に腰回りが痛くなって、別に農繁期では

ないので重いものを持つわけでもなく、ぎっくり腰をやったわけ

でもなかったので、てっきり酒飲みがたたってとうとう膵臓が

やられたんだと思い込んで、恐る恐る内科を受診したのだ。

ところが10,000円以上も払ってCT検査なるものを初めて

受けたにもかかわらず「内科的にはどこも異常ありませんね~」だと。


ちょっと、気が抜けた、というか、なんにもなくて良かったわけだが

ど~も腑に落ちなかった。「なんでもない」と診断された途端

痛かった腰周りも、痛みが徐々に和らいでいくようではあった。

しかし、1年来の右手先のしびれや痙攣もあったので、連れ合いが

気を利かせて同じ病院の「整形外科」に予約の電話を入れて再度

診てもらうことになった。脊椎圧迫症みたいな疑いもあるからって

いうんで、今度はMRIなるものも、お初に撮ってもらった。

「異常、なかったね~!」その総合病院の院長までやっている

整形外科長が「ザンネンそうに」そ~言って、ことの診断は全て

終わった。2万円も大枚はたいて、異常ありませんでしたね~で

終わりかよ~!?信頼を置いていた病院だっただけに結果の

シロに、どうにも納得がいかなかった。「あのヤブ医者どもが」と

無駄金を使わされた腹いせにボヤきながら、今日も元気に酒を

飲んでいる。

きむらちゃんと3びきの猫


はや、三月も終わりに近づき、どの階級の学校も卒業式を終え、

小さい子達は春休みを喜び、大きい子達は進学や就職で各地への

移動の準備を始めていることだろう。

うちは?というと

三月も八月も十二月もなく、月曜も、日曜も、

盆暮れもなく、毎日がマイペースに過ぎていく。それは何ものにも

束縛されない自由人とも言えるし、社会から若くして、もうすでに

リタイアしてしまった一家、とも、また言えるのかもしれないが、、、


2009年3月26日sangatsu-nagoriyuki編


リタイア一家の自由


人は「負けっぱなしじゃ終わんねぇ」プライドや根性、

負けじ魂が大小の差こそあれ、みな持っている。しかし

それは飽くまで“火がつく”「感情」の領域の話であって

そこにこだわり続ける意固地なマイナスや時間的ロスを

考えるといつまでもずっとそれにこだわり続ける自分が

バカらしく思えた経験はゴマンとある。むしろ今のワタシは

そういうプライドをなくし去ったわけではないがむしろもっと

自由な飄々とした生き方に魅力を感じている。「負けっぱなし

じゃ終わんねぇ」魂は、WBCで、ジャパンが韓国にきっちり

ケリをつけて我々の溜飲を下げてくれたように、スポーツや

TVドラマ、映画、小説などでうっぷんを晴らせればそれで

充分なような気が今はする。


人は否応なく歳をとる。19歳だったワタシと女房は一緒に

大学時代を過ごし、その後1~2年それぞれの郷里で仕事に就き、

そしてやがて結婚し、三人の子に恵まれ、それぞれが大きくなり、

父であり母であるワタシたち夫婦はあっというまに33年を過ごした。

バリバリ仕事もしたし、人間関係にもくたびれたし、一方で

子育ての何たるかも身をもって実感したし、家族の絆や楽しさも

昔以上にわかるようになって一家団欒を謳歌しながら生きるように

なっている。そこには変なプライドや意地はすごく少ない。むしろ

「既成概念にも何にもとらわれない自由人の心の伸びやかさ」と

いったものを得た境地さえする。


後ろを振り向かず、今や、ちょっと先の楽しみ、を謳歌しながら

生きていく。それは「刹那主義、日和見主義」とも違う、どこに

いても、いつでも、人と楽しい心持ちでいれる「瞬間自由主義」と

でも言った、仙人的極地、かもしれない。





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