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世界を旅したあと日本で百姓に落ちついた。 こんないい田舎が残っている国が好きダナ。
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満たされた須川橋

Feb.5,2006

山形県知事斎藤弘は、ウソこきではなかった。
きのう1週間ぶりにお不動様に湧き水を汲みに行ったのだが、その途中にある須川橋(正確には門伝橋)の欄干に、転落防止の鉄パイプが組まれていたのを見つけ小躍りした。昨年12月に大雪の中その橋を徒歩で渡り、川底に落ちる恐怖を感じ、柵を講じてほしいと陳情した訳だが、あれからふたつき。思ったとおり時間はすごくかかったが、市井の一個人の要望はついに県知事に聞き届けられた。その実現をワタシはまざまざと自分の目で目の当たりにし、実に、ひとり感慨深かった。

ワタシは思う、きれいごとではなく「人生金が全てじゃぁない」って。
この須川橋の落下防止柵の要望にしたって、ワタシ「個人の私利私欲から出た」類のことではない。ワタシが個人的に金が儲かるとか儲からないとかとは全く関係のないことである。しかし、そういうことって実現してしまう。反対に言うと「個人の私利私欲から出た」要望でないからこそ、公共工事というのはかなうのであると思った。

ワタシにも「個人の私利私欲から出た」類の金儲けに身をやつした時代がある。一瞬にして何十万を儲け、一瞬にして何百万も損をした。死の淵も垣間見た。だが様々なご縁に支えられ生き長らえた。そして今日まで生きることができた。「平凡が1番の幸せ」という言葉を若いときはまったくのナンセンスだと取り合わなかったが、今はその実現と継続がいかに難しくありがたいのかを感じる。

突然はじまった自分の心の整理法だったが、しばらくキーボードを閉じることにする。



 

バンつぁんたちと、終の棲家でお泊り

Feb.4,2006

2月1日から「軽費老人ホーム」の夜勤宿直員見習いに入った。
2月3日、2回目の見習い泊りである。

いわゆる要介護認定3とか4以上でないと入所できない「特老」と言われる「特別養護老人ホーム」に対して、「軽費老人ホーム」は、ふつうの健康なお年寄りが個人の事情で入所している老人施設である。だから多少体や頭に支障のある人がいるにせよ重度ではないから、その辺の近所のジーさんバーさんたちが50人ほどまとまって共同生活している「共生の家」なのである。また一方で、平均年齢70以上の彼らにしてみれば、この「共生の家」がイコール「終の棲家」でもある。

ある意味ではわがままし放題に生きてきた70数年の果ての人間は、勿論、できた人生の大ベテランでもあるが、死に向って心身ともにアカンボ帰りする「わがまま頑固マイペース」の達人たちでもある。

そんな個性の塊:仏様になる前の確固たる信念の生き物:ジーさんバーさんは、日常生活それ自体がそれこそ個性のぶつかり合いの最後の憩いのお遊戯の場でもあり、時にバトルリングの場にもなるのだろう。

7時半に朝食。7時10分ころから、足の悪い人とそうでない人が歩行器に寄り添ってEVから仲良くおりてくる。となりの階段からはジーパン姿のカメラ好きジーさんがさっそうと下りてきて、すがすがしく挨拶をしていく。腰をかがめてかすりのバーさんが杖を突きつき過ぎていく。正面切って折り目正しく挨拶する人もいる、伏目がちに下を向いて無言で通り過ぎる人。ちょっと距離を置いてふたりで来る夫婦がいれば、独りぼっちでブツブツしゃべる人もいる。「いただきます」が始まる。電話をかけてもいっこうに来ようとしない人も何人かいる。この老人ホームが「最後の自分の家」にもかかわらず、決まった時間にご飯を食べ、決まった時間にラジオ体操をし、限られた時間で入浴をし、決められた日でないと街に買い物に出るシャトルバスを出してもらえない。そんな不自由が伴う「我が家」である。50人所帯だから、不満もそれぞれ山ほどあるだろう。・・・「ナニナニさんたらっ何回言っても直らないのよ!だからまた言っちゃったヮヨっ!!(プンプンッ)」そんな類の愚痴を介護員や相談員にかげでこぼすバーさんたちも多数。まぁ逆に仙人然としていなくて最後の最期まで、人間臭く、感情的で、元気で、たくましいのだから、いいことである。

新時代がたしかに来ている

Feb.3,2006

「時代は繰り返さない」というのが、マルクスあたりの唯物史観とは違う、Oyazの歴史観である。一見歴史や流行は「繰り返す」ように見えるのだが、決して同じではない。似た部分があるだけで、脚本家・監督・デザイナー・舞台音楽家・衣装係・俳優・スタッフたちがまったく違うのだから、おんなじテーマを演じるにしても、全く実の違うものができ上がっている。それは「歴史の相似性」ではなく、「歴史の唯一無二性」「時間の遡逆不可性」とでもいうべきものである。

もっと身近に一人の人生に引き戻して考えれば
「人は一回こっきりしか生きられない」し
「時間は決して止まらない。まして遡ることは決して、ありえない」のである。
そんな大鉄則のうえで、人間は、金儲けにあくせくするもの、土を耕すもの、学び巣立とうとするもの、病に立ち向かうもの、ハンディを背負ったが前向きに生きるもの、平凡を守ろうとするなど、様々だ。

ホリエが捕まった時から、株バブルは、短期間に「終焉」を告げたような気がする。
バカシャジョー西田憲正が身障者団体に頭を下げる‘ふり’をした時、これまでのいい加減なバガ社長はニッポンから消えろ、と善良な庶民がニッポン丸の舵を切ったのかも知れない。オジマをマンション購入者たちが逆に「破産宣告」するよう申し立てた時、主導権は、上前をはねる泡ぶく銭経営者の手から、額に汗する庶民の手に移ったのだ。

そういう現象を見るとき、えせニッポンジンが、本来の自分たちに立ち返って、日本人として再び歩み始めたような・・・Oyazとしては、希望的観測に過ぎるのかも知れないが、少しくそう思える。

誰かが言ったが、たしかにこらからは、金儲けのためなら嘘八百語っても執着しつづける金のもうじゃの「バカ連」と、芸術や野の花の美しさや可憐さ、自然の厳しさに素直に驚く本来の感性を持ちつづける「自遊人」に2極分化するのかも知れない。

頭の良し悪しの「馬鹿」と「利口」ではなく、
金の有る無しの「勝ち組」と「負け組」でもなく、
「バカ」と「自遊人」の壁が、できあがりつつあるのかも知れない。
それさえも気づかない、バカまるだしの西田というシャジョーの哀れな最後が、テレビには映っていた。

「ネット取引は罪悪だ」と何故誰も言わない?

Feb.2,2006

現代ニッポンジンを更にダメにし始めたものがある。
「ネット取引」だ。
記憶に生々しい「ホリエモン事件」、それはネット取引をするニッポンジンの多さをも露呈した。
何故ホリエモンがつかまっただけで、東証のコンピュータ処理能力が限界寸前まで追い込まれたのか?

その第1は、今まで最低50株単位、100株単位でしか取引できなかった株を「100分割」して売り出したライブドアの日本証券史上かつてなかった「学生でも買える手ごろな単位」に引き下げたことがあげられる。それを考え出したのは現ライブドアに今もとどまり代表権を持った取締役である弱冠29の若造:熊谷ナニガシだ。(ホントーは彼も捕まるべきだった!)

第2は、高校生あるいは中学生でもふつうに(というか、片時も手離せない中毒症状を呈している)携帯電話の「決して芳しくない」万人への普及が背景にある。証券会社、先物会社が競って「ネット取引」の網をこさえ、手数料を店頭の10分の1、20分の1へと割り引きして、顧客を増やしてきた。

このふたつの要素で、ライブドア株には、何千、何万もの主婦が・ニートが・フリーターが・営業マンが・大学生が・高校生が、1株単位の何百円単位で手軽に、そしてメールをやりとりしたり携帯ゲームするのと全くおんなじ感覚で、東証コンピューターへ一斉にアクセスを始めていたのである。

だから「ホシエモンショック」が襲って、それらズブの素人さんたちが「株価が暴落する前に売り抜けなくちゃ」と右往左往し狼狽売りに走った4~5日間、東証の一日の全取引量の90%がライブドアonlyとなり、証券史上始まって以来の異常事態は起きたのだ。政府の金融庁長官みずから東証の社長を呼んで、コンピューターの処理能力を今すぐ引き上げろっ!世界№2の証券市場がナニやってんだっ!外国人投資家にソッポ向かれたらドースンダッ!コケンにかかわるぞっ!なんぞと怒鳴りちらす始末だ。携帯端末を操作するそこらへんの学生が、おとなりの主婦が、ニートが、フリーターが、ニッポン政府の要人と、ニッポン経済の中心をつかさどる人々をガタガタ言わせる構図ができあがった瞬間である。庶民が政府と経済界をゆさぶる意味では大変コキミ良いが、実体のないマネーゲームで一攫千金をモクロミ、汗して働くことを止め、端末操作に一日中のめりこんでいく安直庶民が増殖しつづける実態が浮かび上がり、バカポン国の行く末がますます真実味を帯びて、危うく思われた。ハッキリ言って、モノすご~クッ、あぶないゾッ、このニッポンていう国!!!

その世界の大火傷も経験してきた海千山千Oyazだからこそ、まだ染まっていないみんなにははっきりと言うぞ。
「ネット取引は罪悪である」
「一日中PCと携帯電話にとりついて離れないのはビジネスではなくて、ただの麻薬中毒と一緒だ」
「そんな端末機械で心身ともに廃人になる前に、額に汗してケンメイに働けよっ!ロードー社諸君!コツコツ働くことをコバカにすんなよ。まじめさを忘れんなよ。平凡でつつましくも誠実な家庭が、この世で1番幸せなところである、と知ることだ。わすれんなヨ。」

ホリエモンノヨーニ、ブタバコニハイッタリ、シャッキンアリジゴク、ゴクモンハリツケ、ニナラヌヨーニ、アナタハ、ケッシテ、ソノセカイニアシヲフミイレテナリマセヌ(モリノオババ)

ズンつぁん、バンつぁん、ケンちゃんと

Feb.1,2006

現代企業に求められるものは【①スピード&②若さ】である。
と、経営者や経営指南書は異口同音にそう言う。

いや、これから先、そうじゃない部分がますます増えてくる。
と、逆にOyazは思っている。

知的障害者が働ける場をこさえ、ケーキ屋を始めて、今は9人の「知的障害従業員」に月給7万円・ボーナス5ヶ月分をあげるまでになった店がある。
と、新聞で知った。

Oyazは今年の6月からビニールハウスで‘葉牡丹’栽培にとりかかる。作るのは3万鉢。11月の出荷時期には何人、人がいても足りぬ、‘ネコの手’状態になるだろう。出荷前の鉢のひとつひとつから、下葉の枯れたのや雑草を取り除いて、出荷商品として整える手間がゴマンと要るからである。そこには、若くて頭の切れる口八丁の俊英社員など、必要ない。おしゃべりしながら作業台を囲む、ジッちゃんバッちゃん、少々頭と体がスローなケンちゃん、がいればいい。スピードだの若さだの、東大出だの、ITだの、偽装だの、マネーゲームだのは必要ない。ただ黙々と、単純ながら根気強く、作業をこなせる人、そういう仲間ならだれでもオッケーだ。

だから、これからOyazがやろうとする農場には、「若さ」あふるる切れ者や「スピーディ」な要領のいい奴なんて要らない。ジジババたちと、Oyazがハゲ頭なようにほかの部分に障害のある者たちの、いこいの作業場たりうる、そういう所にしたいのである。老人と障害者も働ける場所。こういう形態こそ、これからの時代に適合するものだと思える。月7万円はとても支払いはできないが、一日中働いても「1000円」くらいにしかならない多くの働きたいハンディキャプたちと元気な熟年にとって、少しはましな、明るく、楽しく働ける場所になれれば最高だ。そんな、ちっぽけながら、ワタシなりに、ワタシのできる‘Oyazの作業場’を、身近な自分の地域で実現してみたい。
今はそう思う。
「スピード」ではなくむしろ「スロー」で、「若さ」ではなく「老い」で、いいのである。
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